自分の感じ方はおかしいのかと悩んでいた頃の話
「音が大きく聞こえて、つらい」でも、その理由をうまく言葉にできない。
学生時代の私は、そんな状態で日常を過ごしていました。
周りの人は気にしていない音が、なぜか耳に残り続けたり、一度気になると頭の中から離れなくなったり、
「気にしすぎなのかな」、「我慢するしかないのかな」そう思って、無理をして過ごすことが当たり前になっていました。
検索しても、
「人によって聞こえ方が違う」といった実体験の記事はほとんど見つからず、「これは私だけの悩みなんだ」と
感じていたのを覚えています。
感覚は、人と完全に共有できるものではない
あるとき、「同じものを見ていても、感じ方は人によって違う」という話を知りました。
たとえば、虹の色の数。
日本では7色と習いますが、国によっては6色、5色、4色と認識されることもあります。
虹という“同じもの”ですら、見え方・切り取り方・感じ方が違う。
それなら、
音や匂い、触覚といった感覚が人によって違っていても、不思議ではないのかもしれない。
そう思うようになりました。
見え方が違うなら、聞こえ方も違っていて当然
音についても同じです。
同じ音を聞いても、
- 心地よく感じる人
- 何とも思わない人
- 強い不快感を覚える人
がいます。
音楽の音色を聞き分けられる人がいる一方で、
そもそもその音を好きだと感じない人がいてもおかしくありません。
「同じ音を聞いている=同じように感じている」とは限らないです。
この考え方に触れたことで、
「自分の感じ方は間違っているわけじゃないのかもしれない」と思えるようになりました。
私たちは「感覚は同じ」と思い込んで生活している
それでも、多くの場面で私たちは「みんな同じように感じているはず」という前提で生活しています。
学校や職場などの集団生活では、周囲と同じ行動を取ることが求められやすく、
違和感を口にすること自体が難しい空気もあります。
その結果、
- つらくても我慢する
- 自分の感覚を後回しにする
- 「気にしすぎな自分が悪い」と考える
という流れができてしまうことがあります。
集中できなかった理由は、性格ではなく音だった
私自身、「集中力がない」「注意散漫」と思われることがありました。
でも、後から振り返ると、それは性格の問題ではなく、
周囲の音が多すぎて、処理しきれていなかっただけだったと感じています。
音が次々に入ってくると、
- 意識が引っ張られる
- 頭が疲れる
- 何をしていたか分からなくなる
そんな状態になっていました。
耳を守る工夫を取り入れたとき、集中しやすさが変わったのを体感し、
「原因が分かれば、対処できることもある」 と気づきました。
感覚の違いに気づいたとき、周囲との関係が変わった
感覚の違いを知ることで、 自分との向き合い方だけでなく、
周囲との関係も少しずつ変わっていきました。
「できない」のではなく、「感じ方が違うだけ」。
そう捉えられるようになると、必要以上に自分を責めることが減りました。
また、
感覚の違いを体験として知る機会が増えることで、
周囲の理解も少しずつ広がっていくことを感じました。
感覚の違いを知ることが、生活を少し楽にする理由
大切なのは、
感覚を「治す」ことではなく、
知って、選べるようになることだと思っています。
- 音から距離を取る
- 休むタイミングを早める
- 無理な環境から離れる
そんな選択肢があるだけで、 生活のしんどさは少し変わります。
すべてを変えなくても、 「今日はここまでにしよう」
そう決めるだけでも違いました。
まとめ|音との付き合い方は、自分で選んでいい
聞こえ方は、人それぞれ違います。
それは良い・悪いではなく、ただの違いです。
もし今、 「音がつらいけど我慢している」、 「自分だけがおかしい気がする」
と感じている人がいたら、今だけでも、自分の感覚を優先してみてください。
音との付き合い方は、 誰かに決められるものではなく、
自分で選んでいいものだと思います。
この文章が、 過去の私と、今悩んでいる誰かにとって、少し立ち止まるきっかけになれば嬉しいです。

