幼少期から現在まで苦手な音について

このページでは、 私がこれまでの生活の中で、
苦手な音によって、どんな行動を選び、どんな場面を避けてきたのかを、
経験の記録としてまとめています。

音の聞こえ方や感じ方については別の記事で整理していますが、
ここでは「その音があったことで、生活や選択がどう変わっていったのか」に焦点を当てています。

目次

苦手だった音は、私の生活や選択にどう影響してきたか

振り返ってみると、音は単に「苦手なもの」というだけでなく、日々の行動を決める判断材料になっていました。

  •  行く・行かない
  • 参加する・しない
  • 我慢する・距離を取る

そうした選択の積み重ねによって、
私の生活の形は少しずつ作られていったように思います。

幼少期|音を避けることが当たり前だった頃

突然鳴る音が多かった幼少期の環境

幼少期の頃、 私は音に対して「慣れる」「気にしない」
という考え方を ほとんど持てずにいました。

突然鳴る音や、大きく響く音がある場所では、その場にいるだけで精一杯でした。

我慢して耐えようとしてもすぐに限界を感じ、音を聞くだけで泣いてしまうことしかできない場面もありました。

公共施設やイベント、公園など、 周囲の子どもたちが普通に過ごしている場所でも、
落ち着いていられないことが多くありました。

音を避けるためにとっていた行動

当時の私にできたことの対策・対処方法として、 音から逃げる、耳を塞ぐ、その場を離れるといった行動でした。

どうすれば大丈夫か」を考える余裕はなく、とにかくその音から離れることが最優先でした。

行けなかった場所・参加できなかった出来事

花火大会やイベント、運動会など、 楽しそうな雰囲気のある場所ほど、
音への不安が先に立ち、参加できないことがありました。

好きかどうかよりも、 「行けるかどうか」を音で判断していた時期だったと思います。

学校生活|音によって選択が制限されていった時期

授業や行事で感じていた負担

学校生活に入ると、 音を完全に避けることは難しくなりました。

授業や行事、集団での活動の中で、
「その場にい続けること」自体が負担になる場面が増えていきました。

我慢・不参加・距離を取るという選択

その結果、 私は状況に応じて選択をするようになりました。

・我慢して参加する
・途中で離れる
・最初から不参加を選ぶ

どれも簡単な判断ではありませんでしたが、自分を守るために必要な選択だったと感じています。

行事との関わり方の変化

行事については、
小学生の頃は無理をしながら参加していた時期もありました。
*特に学校行事や朝礼がとても負担に感じていました。

中学・高校になると、運動会などのビックイベントは欠席することが増えていきました。
文化祭については、準備には参加していたものの、

当日は最後の場面だけ参加するなど、無理のない関わり方を選ぶようになっていました。

好きだったことを諦めた経験

音が理由で、 本当は興味があったことややってみたかったことを諦めた経験もありました。

「できない自分」を責めるというより、
「音がある前提で生活を組み立てるしかなかった」という感覚に近かったように思います。

思春期〜学生後半|音が生活範囲に影響し始めた頃

人の音・環境音が増えたことで起きた変化として、
成長するにつれて、周囲の音の種類を多く拾って聞こえやすくなったことです。

人の多い場所や、生活音が重なる環境では、
以前よりも疲れやすくなっていることに気づくようになりました。

外出や移動で感じていた負担

外出や移動は、
「行く前から消耗するもの」になっていきました。

どこへ行くかだけでなく、
いつ行くか、どれくらい滞在するかまで考えるようになり、
行動範囲は自然と狭まっていきました。

混雑しやすい時間帯を避ける、音の多い場所には長居しない。

そうした工夫は、生活を続けるために必要な判断だったと思います。

聴覚過敏があっても、生活を続けるために選んだ向き合い方

音が平気になったわけではありません。

ただ、
音がある環境の中で無理を続けるのではなく、
自分が無理をしなくても過ごせる環境や関わり方を選ぶことが、
生活を続けていく上で大切だと考えるようになりました。

以前は、「我慢すればなんとかなるかもしれない」,「最後までいなければいけない」
そう思いながら、その場に留まろうとしていました。

けれど実際には、 無理を重ねるほど疲れが残り、
音へのしんどさも強くなっていく感覚がありました。

今は
・しんどくなる前にその場を離れる
・長時間い続けない
・参加の仕方や関わり方を自分で選ぶ

といったように、
音に耐えることを前提にしない選択をするようになりました。

それは、 音から完全に逃げるということではなく、音がある中でも自分を守りながら関われる形を探すことでした。

音を克服したというより、音に合わせて自分を削る生活をやめ、
自分が続けられる形に調整してきた、 そんな感覚に近いです。

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おわりに|音とともに生活してきた私の記録

音が苦手だったことで、 選べなかったことや、避けてきたことは確かにありました。

それでも、その時々で自分なりに考え、選択しながら生活を続けてきたのだと思います。

同じように音で悩んでいる誰かにとって、「自分だけじゃない」と感じるきっかけになれば嬉しいです。

この記事を書いた人

聴覚過敏・ミソフォニアの両方持っています。中学高校の6年間は防音アイテム(イヤーマフ・耳栓・ノイズキャンセリング)を音や状況に合わせて着用。同じ悩みを抱えている人などの役に立ちたいと思い、私の音の感じ方や聞こえ方など実体験記事20本を掲載しています。私の実体験・事例はこちらのURLからご覧ください!↓↓

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